黒曜石と支那大陸、朝鮮半島の石器文化等

ヨーロッパの考古学会では、磨製石斧/砥石で石器を磨いて仕上げる、の出現を持つて新石器時代と位置づけている。それは、一万二千年前以降のことである。

ところが、驚くべき事に、我が日本列島では、既に三万五千年前から、磨製石斧が製造されていた。

北海道から奄美大島までの全国約二百の旧石器遺跡から、650点以上の磨製石斧が出土している。

海部陽介氏によれば、日本の磨製石斧は、世界最古であり、且つ其の出土数に於いても他の地域を遥かに凌駕していると言う。

同時代の磨製石器の出土例は、支那大陸朝鮮半島などの周辺地域では皆無だ。他にも、ナイフ形石器、台形石器、独自の石刃製作法である湧別技法等々、日本列島で独自に発達した石器の製作法が存在する。

三万五千年前から、我が國の先人は、世界の文明を先駆けていた。

磨製石斧は、金属の斧が普及するまで木の伐採や加工に使われた。石斧は硬い木などを切り出すのに適している。

古代の日本で栗の木が使われたのは、石斧で加工ができ、土中でも杉などと違い腐食しにくく、数百年も柱として使用できる。

柔らかい杉が建材として使われ始めたのは、西アジアから伝わつた新しい建築方法、石の上に柱を立てる基礎工法と鉄器が使われ始めるでからだ。

三万五千年前から、日本列島は、オリジナルな文化が存在していた。世界最古の縄文土器による煮炊き文化、磨製石斧による建築技術や狩猟等の石器文化は、大陸や半島より格段に進んでいた。

※日本列島の旧石器時代/きゅうせっきじだい、は、人類が日本列島へ移住してきた時に始まり、一万六千年前に終わる。無土器時代、先土器時代、先縄文時代ともいう。

日本列島全域で、四千箇所を超える遺跡が確認されている。

朝鮮半島では、一万二千年前から七千年前までの遺跡が、全く発見されていない。此の約五千年間、人間が住んだ痕跡が消えている。不思議なことだ。

朝鮮半島の一万二千年以上前/旧石器時代、の遺跡は、五十箇所程度発見されてる。七千年前以降の遺跡なら、数多く発見されている。

一方、我が國では、旧石器時代の遺跡は、三千〜五千箇所程度発見されている。

黒潮洗う伊豆・小笠原諸島・南九州、琉球列島を舞台に、旧石器・縄文時代人の広範な海上移動を考古学資料から検証する。

神津島の黒曜石交易、沖縄・港川人の故郷、南九州・栫ノ原型石斧。

八丈島と太平洋の道、小笠原と謎の先史人、壺屋焼陶器と泡盛の道など、日本人の起源、太平洋を渡航した海の縄文人に迫る。

欧州において、初めて海洋航海が行われた。それは、地中海のエーゲ海周辺の黒曜石交易民だつた。約八千年前

一方、我が國の中央部の太平洋上に浮かぶ伊豆諸島神津島に、海洋渡航を行つて石器製作材料の黒曜石の交易活動をしていた海に民がいた。

此の島の黒曜石を入手するには渡航具/筏舟、を利用した海上航行が必要であつた。

石器を主道具とする先史時代にあつては、黒曜石を多量に産出する神津島は、将に宝の島だつたのだ。

黒曜石の利用は、縄文弥生時代まで続いた。驚くことに、東京・武蔵野台地/野川流域、の旧石器人は、既に約三万五千年前神津島産の黒曜石を利用していた。

火山活動によつて生成された天然ガラスである黒曜石は、打ち欠くと鋭利な剥片となる。細石刃として、鏃/やじり、や石斧、石匙などの利器として、利用れていた。

狩猟・採集を生業とする人々が、如何に黒曜石を求めてきたのか。遠い原石産地から、山野を超えて、海峡を越えて、黒曜石の辿つた道は、古の御先祖様の生活と進化の軌跡に連なる。

橋本遺跡/神奈川県相模原市中央区、からは二万二千年前の黒曜石が発掘されている。約28%が神津島産である。

神津島から本州島に向けて黒曜石が運ばれるようになつたのは意外に古い。今から二万年以上も前のことである。

当時は海水面が現在よりも低く、神津島や新島などが陸続きで、古伊豆島ともいうべき大きな島が形成されていた。

古伊豆島と伊豆半島との間には30㌔以上の海峡があつたが、当時から、此の海峡を乗り切る交通手段が存在していたことになる。

橋本遺跡のローム層出土の黒曜石128点の分析では、28%が神津島産黒曜石であり、約二万二千七百年前という年代値得られている。

神津島産の黒曜石は、先土器時代を通じて、南関東から静岡県天竜川辺りにかけて、現在15箇所ほどの遺跡に運ばれていることが判明している。

神津島産黒曜石が本州島で増加していくのは、縄文前期後半からである。

縄文中期にはピークに達し、南関東一帯から静岡県浜名湖周辺にかけて、神津島産黒曜石を出土する遺跡が途切れることなく広がつている。

静岡県東部と伊豆半島、関東地方南部に於いては、分析した黒曜石の実に80%以上を、神津島産黒曜石が占めるようになる。

更に遠く北関東にまで運ばれていく。

縄文後・晩期になると、縄文社会自体が衰退期に入り、遺跡数が減少するが、神津島産黒曜石を保有する遺跡数も激減する。

伊豆半島の先端に近い河津桜で有名な、宮林遺跡/静岡県河津町、から発掘された、黒曜石/神津島産、の石器は、三万数千年前の旧石器時代に遡る。

狩猟のために動物を追い込んだ、約二万八千年前の落とし穴とみられる土坑も見つかつている。

伊豆半島では初めて、調査は、2005年から2006年に、約三千平方メートルで実施。 

時期 名称 位置
紀元前7500年紀元前6100年 彭頭山文化 長江中流域、湖南省北西部
紀元前7000年紀元前5000年 裴李崗文化 黄河中流域、河南省
紀元前6500年紀元前5500年 後李文化 黄河下流域、山東省
紀元前6220年紀元前5400年 興隆洼文化 遼河流域、内モンゴル自治区遼寧省の境界付近
紀元前6000年紀元前5500年 磁山文化 黄河下流域、河北省南部
紀元前5800年紀元前5400年 老官台文化 黄河上流域、甘粛省から陝西省西部
紀元前5500年紀元前4800年 新楽文化 遼河下流域、遼東半島
紀元前5400年紀元前4500年 趙宝溝文化 灤河流域、内モンゴル自治区から河北省北部
紀元前5300年紀元前4100年 北辛文化 黄河下流域、山東省
紀元前5000年紀元前4500年 河姆渡文化 浙江省余姚市から舟山群島
紀元前5000年紀元前3000年 大渓文化 長江中流域、三峡付近
紀元前5000年紀元前3000年 馬家浜文化 杭州湾北部から太湖
紀元前5000年紀元前3000年 仰韶文化 黄河中流域、河南省陝西省山西省
紀元前4700年紀元前2900年 紅山文化 遼河上流域、内モンゴル自治区遼寧省河北省
紀元前4100年紀元前2600年 大汶口文化 黄河下流域、山東省安徽省河南省江蘇省
紀元前3400年紀元前2250年 良渚文化 長江デルタ
紀元前3100年紀元前2700年 馬家窯文化 黄河上流域、甘粛省青海省
紀元前3100年紀元前2700年 屈家嶺文化 長江中流域、湖北省湖南省
紀元前3000年紀元前2200年 龍山文化 黄河中・下流
紀元前2800年紀元前2200年 宝墩文化 長江上流域、成都平原
紀元前2500年紀元前2200年 石家河文化 長江中流域、湖北省
紀元前2100年紀元前1500年 二里頭文化 黄河中流域、河南省偃師市
ウィキぺディア引用。

本州ですと、伊豆七島神津島つていう島がありますけど、そこまで黒曜石/こくようせき、を取りに行つてるんですね。

黒曜石つて産地分析ができるので、神津産の黒曜石がもう三万八千年前位から静岡のあたりで出るんです。明らかに取りに行つてるんですよ。

これも世界最古級。 静岡県の遺跡で見つかつた落とし穴があるんです。

第5回 実は世界の最先端だった旧石器時代の日本列島 ナショナル ジオグラフィック(NATIONAL GEOGRAPHIC) 日本版公式サイト 此の写真は、現在の表土を全部剥いで三万年以上前の地表面を出したところですが、小さな谷筋に丸い穴がいくつも空いている。

旧石器時代の落とし穴つて、日本にしかないんです。しかも、三万年前を超えてますので、世界で最古の罠猟の証拠ですよね。

長野県あたりでよく出てくる、砥石ですとか、刃の先を磨いた石斧/せきふ、があるんですが、磨製の技術つて、新石器時代になつてから世界各地に普及するんです。

日本のものは、オーストラリアと並んで世界最古級なんですね。

日本で発明されたのか、大陸に元々起源があるのか、まだ、分からないんですけど、此の遺跡で出たものを見ると、もうバリバリ研いでますからね。

海部さんは、展示を前にして、本当に楽しくてたまらないというふうな口調で語つてくれた。

最古級だからすごい、というだけではなく、人類史のなかで、我々、日本列島の祖先がどのような位置にいて、全地球的な人類拡散史・文化史を再構成するピースを提供できるか、ということなのだから。

僕の理解では、人類の起源や拡散に関するネタは、ネイチャーやサイエンスと言つた、メジャーな学術誌が最も好む話題の一つだ。

或いは、カメラマンが写真を撮りためて売り込めば、『ナショナル・ジオグラフィック』の本誌に特集が出ても不思議ではない。

博物館で普通に展示されているレベル調査研究されているものが、未だに世界には殆ど知られていないというのは驚きでもある。

実は世界の最先端だつた旧石器時代の日本列島、ナショナル ジオグラフィック、日本版公式サイト via kwout

すべては朝日新聞から始まった、慰安婦問題

慰安婦問題の核心が此処にある。

慰安婦は、公娼制度があつたころの戦地の売春婦なのだ。当時は合法であつた。

しかしながら、不貞な輩/本書に記載、の暗躍により、あろうことか、慰安婦イコール性奴隷とされ、戦争犯罪犯した日本人のレッテルを貼られて、世界中に不当に喧伝された。

何故、斯くなる嘘が定着するに至つたのか。

問題に火をつけた犯人は、驚くことべき事に、日本の内部にいた。それは、支那朝鮮の代弁者と見紛うほど反日的な、日本のマスメディアであり、文化人政治家である。将に、獅子身中の虫だ。

彼等を国会で喚問をして、我等自身の手で真実を白日の下に晒すのが、問題を解決する最善の良策であろう。

山際澄夫氏プロフィール。ジャーナリスト。1950年、山口県下関市生まれ。

産経新聞政治部で首相官邸キャップ、外務省キャップなど歴任。後に、ニューヨーク支局長、外信部次長などを経て退社。

本書は、元新聞記者である、一人の國士が、所謂『従軍慰安婦問題』に正面から取り組むなかで、書き下ろした、真摯なる歴史考察である。

著者は、執念とも言つて良い取材を通じ、朝日新聞が捏造した、『日本軍による慰安婦への関与と強制連行』が真赤な嘘であることを見事に暴いてる。

元駐日イスラエル大使エリ・コーエン氏の証言

元駐日イスラエル大使エリ・コーエン氏の、日本はホロコーストをしていないという証言の英訳です。
英訳は茂木弘道氏による。原典は、2014年3月24日、ジャーナリストの大高未貴氏のインタビュー取材。
Japan Never Committed the Holocaust
Statement Made by ELI COHEN, Former Israeli Ambassador to Japan
Interviewed by Ms. Ohtaka Miki, journalist on March 24, 2014

The Holocaust was a catastrophe without parallel anywhere in the world. It was perpetrated by Nazi Germany and only Nazi Germany. The use of the word “Holocaust” in connection with any other nation is preposterous. Even more preposterous are attempts to equate military prostitutes with the Holocaust. Japan has never committed any act even remotely resembling the Holocaust.
I urge the Japanese people to awaken to the fact that today, with the advent of a new Cold War structure, many nations are using the Holocaust as a propaganda tool. This is not the time to argue that the Korean accusations are lies ― lies that no one will believe. Use any and every weapon at your disposal, especially the Internet, to broadcast the truth to the world and fight back against these attacks, which are clearly information warfare.

脱亜論

時事新報、社説

明治18年/1885年、3月16日

世界の交通はめまぐるしく進化して、西洋文明の風は遂に東アジアにもやつてきました。今や、草木さえもこの風の影響を受けています。

西洋人であつても東洋人であつても、人間であることには、何ら変わりはありません。

けれど、昨今、西洋人の影響力と行動力が著しく大きくなつてきたのは、偏に交通の便が発達したことによります。西洋文明が東進してくるのに対して、これを、防ごうと思うなら、先ず大切なのは覚悟です。

そして、覚悟を定めて、世界の現実を良く見て、世界で何が起きているのか、現実を良く確認しなければなりません。

文明というのは、いわば麻疹/はしか、のような伝染病に似ています。今、東京で起きている伝染病は、元々、西国の長崎で流行つたものかもしれないけれど、何時の間にか東進して、春の暖かさと共に東京に迄広がりました。

伝染病が始まつた時、それが広がつてから病を防ごうとしても、手段はありません。

有害なだけで何の得にもならない流行病でも、それが、一度始まれば、其の勢いを防ぐことはできないのです。

ましてや、西洋文明となれば、それは、西欧社会に利益を齎すとものなのですから、侵攻を止めるのは至難の技です。

であるならば、西欧文明の侵入そのものを防ぐというのではなく、寧ろ私達自身が体力をつけて、これに、負けない国になるしかありません。

それが、智者の選択と行うべきものです。

そもそも、西洋文明がわが国に流行つてきたのは、江戸時代のことです。嘉永年間に黒船がやつてきて、多くの人たちがその脅威を前に、日本が強くならなければならぬと心に誓いました。

けれども、それを、させまいと進歩の前に横たわつたのが徳川幕府でした。

日本が近代化して西欧と対等に付き合える国となるか、それとも、幕府を中心とした旧体制を維持するか。其の二者択一を迫られたときわが国は、国を重んじ政府を軽しとする大義に基づいて行動し、御皇室という神聖且つ尊厳ある存在と共に、最早老害以外の何ものでもなくなつた旧幕府を倒し、新政府を打ち立てることを選択をしました。

日本は、国中、身分の別なく、西洋文明に追いついて行こうという体制を打ち立てたのです。 そうすること、我が國は、次々と植民地支配されて行くアジア諸国の中にあつて、唯一、国家として、民族として独立自尊を保ち、生き残るための新たな基軸を打ち立て、近代国家を形成することに成功しています。

では、其の日本が行った選択とは何であつたのか。

それこそが、将に脱亜の二字でした。

日本は、アジアの最東端にある国です。しかし、其のの日本国民の精神は、既にアジア的老害を脱して、西洋文明に近づきつつあります。即ち、日本は西欧諸国とあい並ぶ独立国家としての道を進み始めている訳です。

ところが、その日本には、実は大変な不幸があります。何かと云うと、支那朝鮮です。此の二国も、元々は日本と同じくアジア流の政教風俗を持つている国です。

ところが、人種の違いなのか、教育の差なのか、支那朝鮮と、日本との文化的な隔たりは、余りにもも大きいものです。

情報が此れ程速く行き来する時代なのです。西欧的近代文明や、国際法についての知識は、彼らにだって当然も齎されている筈です。

にもかかわらず、支那朝鮮の二国は、全く変わろうという気がありません。

変わろうとしないだけでなく、まるっきり、百千年の昔のままの姿で居続けようとしています。

文明が、将に日進月歩で進化している現代にありながら、此の両国は教育と云えば二千年も昔の儒教を言い、学校教育では仁義礼智と言い、一から十まで外見を飾りたてることだけを大事にして、中味は、まるで、空つぽの脳みそしか持ち合わせていません。

アホにはアホの可愛らしさというものが、普通ならあるけれど、此の二国に関しては道徳心など欠片ほどもなく、其の残酷さは破廉恥を窮めています。

それでいながら、態度だけは傲慢そのもので、如何に他国や他人に迷惑をかけても、自省の色なんて毛ほどもありません。

私に言わせれば、此の西欧文明の東進という脅威に対し、此の二国が独立を維持し続けるなどというのは、凡そ不可能なことです。

若し支那朝鮮の二国に、幸いにも救国の志士が現れて、我が國の明治維新のような政治改革を実現し、政治を革めて人心の一新ができれば、話は別ですが。そうでなければ、支那朝鮮の二国は、今から数年を経ずして亡国の道を辿り、其の国土は世界の文明諸国によつて分割、分断されてしまうことは、火を見るより明らかなことです。

何故なら、伝染病にも等しい西洋文明の侵攻にあいながら、支那韓国の両国は、其の伝染するという自然の摂理に背いて、無理に此れを避けようとして、旧来の陋習/ろうしゅう、という一室に引き篭もるつているだけだからです。

そんなことをして、部屋の空気を遮断すれば、そのうち、窒息して死んでしまうのは当たり前のことです。

春秋左氏伝に、唇歯輔車/しんしほしゃ、と云う言葉があります。此の言葉は、輔車が頬骨ほおぼねと下あごの骨、唇歯が唇と歯で、隣国同志が互いに助け合う事を言います。

けれども、今の支那朝鮮は、日本のために毛筋一本の値打ちもありません。一毫の援助と為らざる。

そればかりか、ややこしいことに、此の日支朝の三国が地理的に近いがゆえに、欧米人から同一視されかねません。

つまり、支那や朝鮮の不出来な振る舞いをもつて、恰も日本も同じだと思われてしまいかねない危険性さえも持つているのです。

例えば、支那朝鮮が古い専制君主独裁体制で、法治の観念を持たない国であれば、西洋人は、日本もまた、ああ無法律の国かとみなしてしまいます。

支那人朝鮮人が理屈に倣い手前勝手な屁理屈ばかり並べ立てれば、嗚呼日本人も屁理屈をこねくりまわしている、訳の分からない国だと思われます。

或いは支那朝鮮人が、西欧の武力に恥かしげもなく屈して卑屈な態度を取つていれば、嗚呼日本も同じ卑屈な習俗の国だとしか思われません。

また、朝鮮の刑罰に、凡そ人に行うには酷すぎる残虐な刑罰があれば、日本も同様に残虐非道な国だと疑われてしまう。

こんな例をあげれば、それこそ、枚挙に暇がありません 。

ようするに、一つの村の住人のほとんどが、愚かで無法で残忍で無情ならば、譬え其の村の中に全うな一家があつたとしても、村の外の人々からみれば、どっちもどっちにしか見えないというのと同じことなのです。

そして、其の影響は既に随所に現われていて、我が国の外交に少なからぬ影響を与えています。

これこそ、我が日本の一大不幸というべきことです。

最早日本に、支那や朝鮮が開明して国際常識を身につける日を待つているような余裕はありません。寧ろ、支那や朝鮮とは早々に縁を切つて、西欧諸国と進退を共にすべきです。

そして、支那朝鮮と接するときには、一々、隣国だからと云つて格別の配慮など、最早する必要など更々ありません。

支那朝鮮に対しては、西欧諸国が両国に接するのと全く同様に、相手を人の住む国とさえ思わず、厳しく対処すれば宜しい。悪友と仲良くする者は、共に悪名を免れないものです。

私は、心に於いて、最早アジア東方の悪友である支那朝鮮とは、絶交を宣言するものです。

アメリカはいかにして日本を追い詰めたか

1941年、ヒトラーとの戦争のきつかけを待ち、日本との戦争は想定外だつたルーズベルト米大統領は、石油等の全面禁輸の経済制裁で日本の南進を阻止できると考えた。

だが、これによつて、日本は、明治以来拡大してきた領土をすべて手放し米国経済に完全に組み込まれるか、戦争かの究極の選択を迫られ、結果、真珠湾攻撃に踏み切ることとなつた。

日米開戦の責任の一端は、米国外交の失敗にあつたとする陸軍戦略研究所の分析に、日米近現代史研究家渡辺惣樹氏が詳細な解説を付す。

米国の公文書を読み解き、米国が如何に日本に戦争を仕掛けたかを、当事者の資料で検証。

最早、嘘は通じないのだ。

日米戦争の事を考える時、多くの日本人は、ルーズベルトの悪意に不可解な気持ちを抱くだろう。

日本をフィリピン以下の小国にして、支那の大国化を図り、アメリカの独占的市場にする。

何故に、ルーズベルトは、斯くなる夢想をした。

しかしながら、日本では、現在でも日米戦争の原因を、海軍艦隊派と陸軍統制派の対立、国民のナショナリズムの暴発、に求める自国内だけを見た偏頗なる歴史解釈が主流である。眞に、残念である。

これは、アメリカ陸軍大学の付属機関である、米国陸軍戦略研究所が出したレポートである。

著者、ジェフリー・レコード博士は米国空軍大学教官でもあり、本レポートは、アメリカの軍事エリートの教科書として採用されているものである。

本書に於いて、著者は、大東亜洋戦争のルーツは、日本の東アジアにおける軍事的侵攻だと考えるが、1941年の日米開戦の原因を作つたのはアメリカであり、同時に日本がアメリカの意志を正確に把握できなかつたことが開戦の原因である。日本は、アメリカによつて引き起こされた経済戦争の結果、国家としての誇りのために戦つたのである、と結論づける。

本当に狙うべきは日本海の表層型メタンハイドレートだ!

我が國のメタンハイドレート開発は、凡そ10年前にはじまり、是迄に総額500億円以上の國家予算が注ぎ込まれた。

但し、研究は、太平洋側に限定され、日本海側は粗手付かずの状態だ。

対して、青山繁晴氏が主催する独立総合研究所の共同研究グループは、2003年に、日本海側で独自の探査を開始し、2004年に、早々と新潟県上越沖で驚愕の事実を発見している。

太平洋側のメタンハイドレートの特徴は、水深1000メートルより深い海底の更に数百メートル下に砂と混じつて分布する深層型砂層型である。しかしながら、日本海側は、主として表層型に分類される。

水深1000メートルより浅い海底のすぐ下に結晶状で層が広がり、海底に膨大な量のメタンハイドレートが露出している事も珍しくない。

表層型のメリット壱

表層型はメタンハイドレートから溶け出したガスが海面に向かつて上昇し、大規模なものでは東京スカイツリーほどの高さ/634メートル、の巨大な泡の柱/メタンプルーム、が形成される。

これは、浅いところにメタンハイドレートがあるからこその現象。太平洋側では稀。

メタンプルームの根元に必ずメタンハイドレートの層がある。百発百中メタンハイドレートを掘り当てられる。

メタンプルームの発見は、巨大な探査船は不要で、漁船にある魚群探知機で検知できる。探査に掛かるコストは漁船の燃油費だけだ。

ちなみに、青山千春博士は、探査技術で、日本と米豪中韓ロの特許を持つているが、特許使用料は一切取つていない。

広く研究者から漁師も協力でき、漁師の副業ともなり、漁港の活性化にもつながる。

表層型のメリット弐

愛知県沖の実験で用いられた減圧法ではガスを採取する際、パイプに砂が詰まるなどの不具合が起こつたが、表層型では、実績の少ない特殊な技術を使う必要がない。

海底土木工事の延長でメタンハイドレートを取り出せる。

青函トンネル関門トンネルの建設に裏打ちされた日本の海底土木技術は世界トップクラスだ。

表層型のメリット参

太平洋側のメタンハイドレートは、一般的に、有機物が微生物により分解されることで資源化される。微生物分解起源型。しかし、日本海側で発見されているのは、海底下数キロメートルの深部ガスに由来する。

地球深部から無尽蔵に湧出するガスによつて生成される、熱分解起源型メタンハイドレートなのだ。

地球の火山活動が続く限りメタンハイドレートは生成され続けるので、資源枯渇の心配がない可能性が高い。埋蔵量は無限大!

メタンハイドレートから取るメタンガスは火力発電に使つている天然ガスの主成分だから、運搬や発電は既存のインフラを最小限の改良で活用できる。

ガスの取り出しさえ上手くいけば、直ぐにでも発電でき、都市ガスとしての供給もできる。

被占領期の日本/憂國大和魂座談会

國體護持 http://bit.ly/15efqmk

被占領期の日本/憂國大和魂座談会

日本人は戦時中にどのように戦ったのか。

その姿を知ってもらいたい。

そして、日本人の心とはどのようなものなのか、についても感じ取ってもらいたい。大田実中将の電報がそれを書き残している。

関連動画:【撫子日和】沖縄県民斯ク戦ヘリ、大田實少将の将旗が帰還[桜H24/5/22] - http://bit.ly/19qnZwW

まずは、人物紹介から。

大田実/おおたみのる

明治24年4月7日〜昭和20年6月13日は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。千葉県長生郡長柄町出身。

第二次世界大戦後の激戦であった沖縄戦では、海軍最先任者として沖縄根拠地隊司令官を務め、米軍上陸時に約1万人の部隊を率いて沖縄本島小禄半島での戦闘を指揮。

陸軍の首里から摩文仁への撤退に際して、海軍司令部は作戦会議に呼ばれず、直前の5月24日ごろ(異説あり)になって初めて知らされたとされる。

いったんは完全撤退と受け止め、重火器を破壊して南部への撤退を始めるが、後に、第32軍司令部の撤退を支援せよとの命令を勘違いしたことがわかり、5 月28日には再び小禄へ引き返した。

6月2日に改めて、摩文仁へ撤退せよとの命令が出されるが、大田は今度は従わなかった。

命令を意図的に無視したのか、米軍に退路を断たれて撤退できなかったのかは不明である。

米軍の攻撃により司令部は孤立し、大田は那覇小禄地区豊見城にあった海軍壕内で拳銃で自決した。死後海軍中将に特別昇進する。

自決する直前の6月6日に海軍次官宛てに発信した電報は広く知られている。当時の訣別電報の常套句だった、天皇陛下万歳・皇国ノ弥栄ヲ祈ルなどの言葉はなく、只管沖縄県民の敢闘の様子を訴えている。